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信濃町柏原に生まれ、15歳で江戸へ旅立ち、独自の俳諧の道を切り開いた小林一茶。故郷へ戻った50歳から他界する65歳まで、小布施、中野、山ノ内方面にも足しげく訪れ、多くの作品を残した。なかでも山ノ内町湯田中・湯本旅館には長期滞在しており、ゆかりが深い。同家には一茶の日記類、遺墨などが数多く保管されている。
小林一茶の名を一躍有名にした一番の立て役者は、山頭火、尾崎放哉の師でもある自由律俳人・荻原井泉水。荻原は、大正6年(1917)に初めて同家の一茶資料を見て感銘を受け、長い間熱心に解読を続け、研究出版した。
湯本旅館当主の湯本五郎治さんは、これらの貴重な資料を一般公開しようと一茶、荻原が愛用した離れを改装し、湯薫亭(とうくんてい)と名付け、昨年6月4日に開館した。
作品は2間続きの和室に展示されている。手前の部屋は、一茶研究のほかに俳句、草画、随筆などにも多大な才能を発揮している荻原井泉水の作品。
奥の部屋には一茶直筆の自画賛、我春集、数々の短冊のほかに、一茶の門弟でもあった湯本家6代前当主の希杖、其秋親子にあてた書状などを展示している。
同館が最も誇る所蔵品は、一茶が60歳の時に記した直筆の「田中河原の記」。当時の湯田中の様子が記され、一節に「田中河原という所は田のくろ、あるいは石の陰より、めでたき湯のふくふくと出て」とある。これが湯田中温泉の名前の由来とも言われている。
一茶が北信州に残した偉業は、同館を管理する湯田中文化保存会の小野久雄さんの丁寧な説明によって、深く知ることができる。
湯田中温泉街に点在している一茶句碑巡り、平和の丘公園山手の一茶の散歩道をゆっくりと散策しながら同館を訪ね、俳人一茶の世界を満喫したい。
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