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江戸時代、信州中野は徳川幕府の天領地であり、交通の要所となっていたため政治・経済の中心地として栄える中、明和元年(1764)創業の「袋屋」は、味噌・醤油の醸造を営む商家として発展し、当時の文化の中心的存在であった。
小林一茶が袋屋を訪れるようになったのは、文政5年(1822)ごろからと言われている。50歳を迎え古里の柏原へ帰郷し、度重なる不幸に見舞われながらも俳諧の道を築き上げ65歳で亡くなるまでの6年間、袋屋へ頻繁に出入りした。六代袋屋清左衛門こと梅堂は、家業のかたわら医者も務め、漢詩を専門に学び俳諧も好む人であった。その息子梅塵も父と共に俳諧に通じ、“波乱万丈な人生を送った一茶晩年の介護者”と後に伝えられるほど、親子は一茶を温かく迎えている。
一茶ゆかりの商家として、同家に残された多くの遺墨を一般公開しようと、12代目山岸昌弘社長が平成8年4月に開館した。店舗左側の門をくぐると、「一茶の散歩道」から一茶が愛した庭園「楳装園」を中心に味噌蔵を改造した2つの展示室「袋屋館」、「一茶文庫」、茶室「程々庵」が鑑賞できる。
入り口からは想像できないほど邸内は奥深く、一歩一歩足を進めていくうちに、幻想的な世界へ入り込んでいく。
そして、グランドピアノが置かれた真新しい茶房に案内されると、ふっと現実に引き戻される。同室は、絵を展示するギャラリーやコンサートなど、幅広い催しに使えるよう作られている。「239年余りの伝統を守りながら、新しい芸術や文化と融合していくことが、これからの中野の町づくりに必要なのでは」と、山岸さんは話している。
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